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「仔鹿のまなざし-八戸えんぶり編-」を振り返って

2016年5月8日

「仔鹿のまなざし八戸えんぶり編」からあっという間に一週間。
伝えることの難しさや、言葉を紡ぐことの恐ろしさを再認識し、大いに学んだ時間でした。
どんな想いで土地の人々がその地に暮らし、どんな風に芸能と共にあろうとしているのか。
20~30人から成るえんぶり組は、八戸に30組以上ありますが、それぞれの組によってもその想いや営み、苦労や喜びは異なるでしょう。組の中でも、一人一人が抱えている情熱や姿勢には違いがあるはずです。
そんなたくさんの人々がひとつの「えんぶり」という芸能のもと、長い時間と場を共有し、なんとか祭りの場で成就する。その瞬間だけを切り取り、その芸能者たちの「想いを伝える」なんて、そうやすやすと用いて良い言葉ではないのだと思います。
正直、仔鹿のまなざしの開催も、心から恐ろしいなぁと思っていました。話の構成も、直前まで悩みまくり…。
しかし終えてみると、「映像や写真を見ながら、自分がまさに現地に行っているかのようだった」
「八太郎えんぶり組、たかつねさんに会ってみたい」「民俗芸能ってこんなに身近で、こんな見方ができるんだ」という涙が出そうになるほど嬉しい反応を頂き。ああ、やって良かったなぁー。と心からホッとしました。
そして、「内容はともかく高橋さんの熱量がすごかった」とも、、笑
多分、何よりも、言葉よりも、現地で感じた感動やその温度を伝えられたのかなぁと思います。
今の私にはそれくらいしかできないし、それこそ研究者でも伝承者でもない自分が大切にすべき姿勢なのだと感じました。
ひとつの芸能についてお話ししようとするとき、芸能そのものよりも、その周辺に立ち現れてくるものを言葉にしたいなぁと思います。暮らしの営みや土地の個性、何を食べ、どんな音を聞き、どんな気候の中で日々何を感じているのか?どんな生業をしていて、子供達は自由な時間にどんな遊びをしていているのか?
目の前で息吹くその土地の日々に思いを馳せ、感じてみて初めて、えんぶりとはどんな芸能で、どのくらいの歴史を持つものなのか、練習にはどのくらいの時間を割いているのか、動きのどんな部分が重要なのか。そんなことが厚みを持って浮かび上がってくる。
何百年という歴史よりもまず、目の前の生活を目にしてみる。
そうしてはじめて、「芸能」という非常に複雑で、魅力的で、おそろしく、感動的なもの姿が少しずつ見えてくるのではないかと思うのです。
第一回の今回、伝えたいことが溢れかえってしまて、洪水のようになってしまいましたが、今後いろんな形で、焦らず、丁寧に継続して実行していきたいなと思います。
表題の写真は、会の当日、八戸から直送していただいた迫力の海の幸と、八太郎のお母様方につくり方を教えてもらった「たらこ炒り(八戸では『こ炒り』と呼ぶそう)」。そしてえんぶり組のまかない班と、打ち上げの様子。ここではじめてたらこ炒りを食べました。大根とたらこをごま油で絡め炒り、少量の醤油と酒、みりんで簡単に味付けをしたもの。お酒にもよく合う、八戸のおふくろの味だそうです。前日に作っておいたら、当日には旨味が大根によく染みて、とっても美味しく好評でした。
私にとってはえんぶり最終日の打ち上げを思い出し、八戸の日々を振り返る大切な味です。

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