奥三河御園の花祭り
頭から「てほへ」の無限ループが離れない。
険しい渓谷沿いに、天竜川の遥か上流の小川を眼下に覗きながら、山の奥へ深く深く分け入った先の秘境に奥三河御園地区がある。
到着したのは19時頃で、すでに祭りは始まっていた。
舞庭(まいど)と呼ばれる土間の中心につくられた竈に湯釜が置かれ、舞手はその湯釜のまわりで一晩中舞続ける。
神事を含めると演目は30を数え、衣装も面も様々で華やか。
特に山見鬼と朝鬼(茂吉鬼)の紅白の装束は本当に美しく、しびれるほどかっこいい!
中でも印象深いのは、舞手も囃し手もじっとみつめる観客も、みんな同じ目線の高さで、境がないこと。舞は土間で行われるのだ。そして盛り上がれば盛り上がるほど、ざぜちの美しい湯葢の下でおしくらまんじゅう状態になる。
「神遊び」という言葉を初めて知った。神仏の権現としての舞手と共に舞うことで神仏と交遊し、穢れを払われ清められ、生命力を回復させるのだそうだ。冬になり、エネルギーが沈下するなかで種種に再生を促す。
一緒になってお神酒を頂き、踊って歌って囃し立てる。
ハイライトは翌朝の9時頃、その場の全員が精魂尽きてる状態のなか始まるのが「湯ばやし」。何時間も舞い続けている若衆が、絞り出すようにさらに1時間程舞った後、一晩中かけて湯釜に溜め込んだエネルギー(湯)を、唐突に観客めがけて一斉にぶちまける。
自分たちが楽しくてやってる、とニカニカしながら舞手を励まし、煽る男衆たち。
全身ずぶ濡れになりながら、なんてすごい土地なんだろう、と、お酒の入ってガンガンする頭がしびれる。
よろずの神様と人とが全部一緒にもみくちゃになって生気を再爆発させる、本当に不思議な空間だった。
釜からあがる湯気と人の熱気が合わさって生み出された上昇気流が、円を描いてまた体に降りてくる、そういう渦があったと思う。
来月訪ねる、同じ湯立神楽系列の遠山郷霜月祭りには、是非昼の神事から見たい。
三重県津市無形民俗文化財のしゃご馬と唐人踊り。今日一日中、門付け(一軒一軒お家を回って奉納舞をする)で町を練り歩きます。なんじゃこりゃーー
山形県山形市山寺立石寺 磐司祭シシ踊
立石寺近隣のシシ踊5団体が奉納踊をするとのことで、東京から車を走らせること約5時間。割とさっくり到着。漢字の「山」の成り立ちそのもののような可愛らしい山並みが眼下に広がり、日本昔話の世界を連想させる。
シシ踊参加団体は沢渡獅子舞(東根市)、平山獅子踊(長井市)、長瀞猪子踊(東根市)、高擶聖霊菩提獅子踊(天童市)。
それぞれ位置する地は近いはずなのに、指すシシが異なるため総称も「シシ」踊。踊方も跳躍を含んだ勇ましいものから花に酔う様を表す優美なものまで。
演者も老若混じったもので、境内のあちらこちらで種種の獅子頭や山形らしい色とりどりの花笠を纏った姿が見られ、目の端々に演目前に若衆に指導する年長シシたちがとまる。
その賑やかさに始まる前から胸がいっぱいに成りつつ、試し吹するお囃子にさらに体を震わす。
それぞれの演目については長くなってしまうので割愛するとして、
初めてしっかりとシシ踊を見るものとしては贅沢極まりないラインナップでした。
成り立ちの起因が山岳信仰であるものや、農民の娯楽のためのもの、死者供養のためのものなど目的が異なったり、それぞれ振りが伝わったのが岩手からだったり福島からだったり。
高擶は特に不思議で、立てかけた藁人形を倒して悪霊をはらう「カカシ」等の演目は岩手のものを踏襲している一方で、普通1頭の女獅子が唯一ここではなぜか2頭を用いているようで。
近接した地域の中で、芸能にここまで広がりがあるのにも驚かされる。
発祥当時の物流や人の行き来を想像させて興味はつきません。
またシシ頭につける角は、地元の猟師さんに頼んで捕まえた山鳥の羽を必ず使うそうで。折れてしまったら前もって言っておかなければならない、というお話もきけました。シシの精霊を宿す場所として今尚きちんとその在り方を守り、それを誇りにしているのがよく伝わってきました。
そして帰郷してからの通勤中、録画した長瀞猪子踊を繰り返しみてはうっとりするのでした。。
24歳女…。
栃木県那須烏山市で450余年続く国指定重要無形民俗文化財、八雲神社例大祭の奉納歌舞伎「山あげ祭」へ行ってきました。
山あげ祭の「山あげ」は舞台装置の主体である、和紙で貼られた高さ十数mに及ぶ「山(大山)」をあげる行為そのものを意味しています。祭自体、演じられる奉納歌舞伎だけでなく「山」を組む行為そのものを最も重んじているようでした。
目測幅6m、奥行なんと100m以上の市街路を効果的に用い、歌舞伎舞台を初めにして手前(前山)•中間(中山)•奥(大山)それぞれに異なる高さの「山」を設置。正面から見ると異様なまでに遠近感のある舞台となります。
山あげは那須烏山市を構成する6つの町持ち回りで毎年担当が変わるようで、今回は鍛冶町というところが担っていたよう。山あげ発祥時より山の高さや空間的な奥行きを生かした演出の効果を町ごとに競い合ってきた結果、現在のようなかたちになったそうです。
祭は三日間続き、一日5〜7公演を市の中で場所を変えて行うというのだからすごい!山あげを行う早さも競うポイントなんですね。縄の締め方や道具、釘を一切使わぬ木組みの扱い、瞬間的な山の配置の決定、すべて流れるような技と采配に驚く。
巨大なものを多勢の若衆が立ち上げる行為はどこか加藤翼さんの作品を思い起こさせるし、当然市街地なので舞台の間を普通に人が通っていくし。「舞台」の場性とは?なんて考えたくなるけれど、状況を整理しようとする前にまず現場の熱気にわけも分からず興奮するし。
当日案内してくださった保存会の方のお話もとても印象的でした。「何にもないとこだが、この時期だけは老いも若いもみんながこの地に集まって再会し、団結して、山をあげる。逆に盆に人が集まらない、笑」
本当にたくさんの若者が集まって、年長者を敬い、地元の祭を誇ってひとつの世界をつくる様を、不思議な気持ちで見ていた。
本格的に民俗芸能を見始めて4ヶ月。色んな場所に赴くたびにその在り方、在る理由がゆっくりと体を伝わって行く。
静岡県焼津市藤守、無形重要民俗文化財「藤守の田遊び」へ。毎年必ず3月17日に行われる、田の豊穣を祈る神事は、まさに生ものとして脈打つ芸能そのものでした。
目の前にしている間、あまりの光景に視点が定まらず、音、色、ニオイ、地元の人々がつくり上げる独特の空気感に圧倒されていたけれど、改めて写真を振り返るとその土着的な造形力やその「場」の在り方に、驚嘆する。
視覚的な強烈さだけでなく、一生懸命に、しかしあっけらかんと舞う少年たちと、神前の舞台上でお酒をものすごいペースで交わし、楽しみながら笛を吹く演者たち。その場のすべてがその場を成り立たせて「在る」。渦を巻いて迫ってくるような凝縮された時間と濃密な空間。
面や衣装における造形の起源や、祭りや地域の史実など考えを巡らせるも、あの時間の塊を前にただただ戸惑う。
私は何をみていたんだろう。一体どこに居たんだろう。
ああ、すごいものをみてしまった。
まずは経験。今年はとにかく足を動かして、日本各地の芸能や民俗品に触れたいと思います。

















































