4/12(日)-16(木)は佐渡へ。
芸能の宝庫・佐渡において、特に祭りが集中する時期と聞いては行かざるを得ません。
佐渡を拠点に国際的な公演活動を展開するプロの和太鼓集団「鼓童」の元メンバー千田倫子さんや、佐渡の120地区で行われている鬼太鼓のうちの100以上をその足でまわったという松田祐樹さんご両名にご案内頂き、5日間に渡って訪れた地区はなんと13地区。見学させて頂いた鼓童の研修所2カ所を含めると15地区にも及びます。
佐渡の芸能は、そのほとんどが門付け(神社を出発地として、地区の芸能団体が一軒一軒の前で奉納を行うスタイル)であるということが特徴のひとつ。各家ではごちそうを用意してその到着を待ちます。
その際面白いのは、ただの見物人でも招かれ、お宅の中で食事を頂くということ。そのため佐渡では食費がほとんどかかりませんでした…(その代わりといっては何ですが、佐渡産のワカメを大量に購入して帰りました!)
このみっちりぎっちり祭り漬けの5日間で学んだことは本当に沢山ありますが、特に印象的だったのが3日目。春日町での鬼太鼓門付けに、打ち出しの朝8時から17時まで同行した日のこと。
「祭りが地区を巡って、まるで見えない祝福のベールで地区を少しずつ覆っていくような感覚」、「地区の想いが伝播して行く感覚」を肌で感じられたということ。門付けに同行すると、その地区の方々と本当に沢山お話し、人々がどんなにかこの祭りを愛し、楽しみにしてきたかが分かるのです。
地区の中で進行形で育まれる祭りの姿が、本当に印象的でした。
踊り手も、稽古時よりも当日の方が気合いが入って上手いし、当日の中でもさらに成長していくのがありありと分かったりもします。
そんなダイナミズムが佐渡全域で行われているということ。そのエネルギー。
秋祭りもあるとのこと。真剣に秋も行きたい。
徳丸北野神社の田遊びの様子。
今年で1020回目の奉納だそうですが、それはつまり1020年前の人々と同じものを共有しているかもしれないということ。見ている間はここが東京であるということを忘れてしまっていました。
田んぼなどない完全な住宅街の真ん中にある神社で、このような神事があるということ自体に驚きですが、かつてこの板橋徳丸地区は、非常に大きな穀倉地帯だったそうです。
毎年同じことを繰り返す芸能が内包しているものの重要さについて、改めて考えさせられることになりました。
神事では多く見られることですが、ここではすべての所作が「見立て」によって行われます。モガリ(舞台)の中央にすえた太鼓を田に見立て、その周りで稲作の各工程を見立てた神事が行われるのです。
例えば、苗に見立てた4人の子供を一人づつ順番に太鼓に乗せ、一同で持ち上げる「胴上げ」では、苗の成熟と子供の成長、子孫繁栄を祈願します。
(子供を抱える氏子のおじいさんたちが、ほんっとうに優しげな表情をしていて、なんだかそれだけでこちらも満たされる…。。)
他にも田を耕す牛や馬…?を模した簡易的な板の面がでてくるのですが、この絵付けもかなり独特で興味深い。(墨が随分きれいに残っているけれど、これは毎年作り変えているのかな?この、ヘタウマとだけでは到底言い表せない魅力はなんなんだろ…)
それを、氏子衆が笑い合いながら「おや、良い顔だなぁ」とか、子宝の象徴である、妊婦姿をした娘面(中身はおじいさん)には「今にも生まれそうなんじゃないか」などと冗談を投げたり。
芸能の良さは、神事そのものの興味深さだけでなく、その土地が育んできた土地の空気や在り方も同時に感じられるということなんだよなぁ、と、毎度のことながら感じたのでした。
国指定重要無形民俗文化財、長野県阿南町新野の雪まつりに来ています。雪そのものを稲穂の白い花に見立てて奉納し、五穀豊穣を祈る、非常に珍しいお祭り。
毎年1月14日(〜翌15日)に行われますが、一昨年に豪雪に見舞われ、来訪を断念した苦い経験を踏まえて今回は前乗りです。
とはいえ、13日には同地区にある諏訪社での例祭が行われます。
そこでは、翌日に行われる伊豆神社例祭に向け、役を決めるクジ引きや、身を清める「御滝入り」(実際に裸で滝打ちする)、ササラを打ち鳴らす舞等が行われますが、特に印象的なのは面に色を足す「面化粧」。「面化粧」は、必ずその年の色として胡粉、墨、砥の粉(朱)の三色を少しずつ足し、命を吹き込むというもの。
今まで面に手を加えるような場面をみたことがなかったのでかなり衝撃的でした。
明日の伊豆神社例祭に向け、今日はもう寝ます。
長野県遠山郷、下栗での霜月まつりにきています。日本全国の神々に湯を献上。中祓いで神々をおくりかえし、いよいよクライマックス、神面の演目にて土着神の40もの面が登場します。
糸島市二丈深江神幸祭行列。結婚前の青年たちによって神輿が海岸の御旅所まで運ばれます。暑い中、時折、声出せ!!と励まし合いながら、600m程の道のりを約1時間半かけてゆっくり進んでいきます。
8.24 下名栗獅子舞 諏訪神社例大祭
見に行くのは2回目となった下名栗獅子舞。やはり何度みても素晴らしい。
演目が始まれば一気に胸が熱くなる。舞は相も変わらず力強く荒々しくも美しい。
すぐに去年の興奮が思い起こされた。
独特でクセのある囃子笛のイントネーション(その後一週間は身体から抜けなくなる)、淡々と拍子をとるささら、それに合わせて頭を振り、円を描きながら駆け抜ける獅子。
わぁっと心が弾む。
私は下名栗のその活気に満ちた雰囲気がとても好きだ。
例大祭では全部で7つの芝(こちらでは演目のことを「芝」というらしい)が行われる。
「御宮参り」…獅子行列が社殿をまわりながら参拝する
「花懸り」…小学生の女の子がつとめる赤い花笠を桜に見立てて、獅子がその美しさに酔う様を演じる
「三拍子」…国家安泰、五穀豊穣五穀豊穣、志氏繁栄を祈る舞
「棹懸り」…川に見立てた竹棹を渡ろうとする姿を演じたもの
「女獅子隠し」…三匹の獅子のうち頭が金/黒のものを男獅子、赤いもの(お歯黒もしている)を女獅子とするのだが、その二匹の男獅子が女獅子を取り合おうとするもの
「白刃」…悪魔払いの祈願を込めた芝。真剣を使って舞いながら獅子の羽を切る。
9時から18時頃まで続く長丁場なのだが、長いもので1つの芝でなんと2時間を越える。舞手はもちろんのこと、囃す者も見物人も、かなりの体力勝負になる。息も絶え絶えの舞手をじっとみつめ、囃し、応援しながらまるで自分も舞の一部になったかのような錯覚に陥る。
さらにハイライトである芝「白刃」では、よく研がれた真剣を手に持った者と、獅子とが激しく舞絡む。獅子頭に頂く山鳥の羽を、切り落としながら舞うのだ。
当然危険が伴う。厳しい緊張感のなか、その場のすべての生き物が息を潜め、拍子に合わせて呼吸まで混じり合って行くかのような一体感。
またこの場の空気を感じたいと思わずにいられなくなる。
ちなみに、この白刃を舞って始めて舞手は1人前とされるのだとか。
思い返しながら文章を書くだけでドキドキしてくるのだからすごい。
また一週間、頭からあの囃しが抜けなくなりそうだー。
長瀞猪子(ながとろしし)踊り
門打ち(各民家の前まで練り歩き、踊る。門付け、門ぶち等とも)、日枝神社での全十二演目奉納の様子レポ。
猪子はお腹に小柄な太鼓を抱える太鼓踊り系ですが、笛太鼓と桃色の花笠を被ったササラによる拍子が軸。
それに合わせて猪子八頭、鉦四名がそれぞれ小太鼓と鉦で調子をつけながら舞います。
(今回は残念ながら、メンバーの都合上猪子は五頭でした。
長瀞猪子踊りは山形のシシ踊りの中でも後継者育成に力をいれ、群を抜いて若手の踊り手が多く、活発。その姿は他のシシ踊り団体にも影響を与えているそう。
それでもなかなか八頭揃うことは稀だというので、他の団体の苦労も偲ばれます。)
全十二演目のなかでも、特にクライマックスと呼ばれる「狂い」では、雌猪子と雄猪子が戯れ狂う踊りとして演目後半に大跳躍するのですが、この迫力がまたすごい!中は汗だくだろうに、決死の思いで思い切り飛び跳ねる姿には鬼気迫るものを感じます。
またカシラの山鳥の毛をゆらゆら動かす頭の動かし方、その際の腕のしならせ方等の振り自体の美しさや、演目中に拍子に合わせて次々と立ち位置を入れ替えていく構成の絶妙さは、長瀞の特徴であり、他にはない唯一のものだそうです。
奥三河御園の花祭り
頭から「てほへ」の無限ループが離れない。
険しい渓谷沿いに、天竜川の遥か上流の小川を眼下に覗きながら、山の奥へ深く深く分け入った先の秘境に奥三河御園地区がある。
到着したのは19時頃で、すでに祭りは始まっていた。
舞庭(まいど)と呼ばれる土間の中心につくられた竈に湯釜が置かれ、舞手はその湯釜のまわりで一晩中舞続ける。
神事を含めると演目は30を数え、衣装も面も様々で華やか。
特に山見鬼と朝鬼(茂吉鬼)の紅白の装束は本当に美しく、しびれるほどかっこいい!
中でも印象深いのは、舞手も囃し手もじっとみつめる観客も、みんな同じ目線の高さで、境がないこと。舞は土間で行われるのだ。そして盛り上がれば盛り上がるほど、ざぜちの美しい湯葢の下でおしくらまんじゅう状態になる。
「神遊び」という言葉を初めて知った。神仏の権現としての舞手と共に舞うことで神仏と交遊し、穢れを払われ清められ、生命力を回復させるのだそうだ。冬になり、エネルギーが沈下するなかで種種に再生を促す。
一緒になってお神酒を頂き、踊って歌って囃し立てる。
ハイライトは翌朝の9時頃、その場の全員が精魂尽きてる状態のなか始まるのが「湯ばやし」。何時間も舞い続けている若衆が、絞り出すようにさらに1時間程舞った後、一晩中かけて湯釜に溜め込んだエネルギー(湯)を、唐突に観客めがけて一斉にぶちまける。
自分たちが楽しくてやってる、とニカニカしながら舞手を励まし、煽る男衆たち。
全身ずぶ濡れになりながら、なんてすごい土地なんだろう、と、お酒の入ってガンガンする頭がしびれる。
よろずの神様と人とが全部一緒にもみくちゃになって生気を再爆発させる、本当に不思議な空間だった。
釜からあがる湯気と人の熱気が合わさって生み出された上昇気流が、円を描いてまた体に降りてくる、そういう渦があったと思う。
来月訪ねる、同じ湯立神楽系列の遠山郷霜月祭りには、是非昼の神事から見たい。
三重県津市無形民俗文化財のしゃご馬と唐人踊り。今日一日中、門付け(一軒一軒お家を回って奉納舞をする)で町を練り歩きます。なんじゃこりゃーー


























































































