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民俗芸能のつどい〜仙台ゆかりの鹿踊〜②

2015年10月11日

仙台で開催された「民俗芸能のつどい〜仙台ゆかりの鹿踊〜」に出演された、仙台発祥の鹿踊3団体について、それぞれ動画を元に紹介していきます。
(内容は、当日解説者として登壇された全日本郷土芸能協会の小岩秀太郎氏の解説を元にしております。)
まずは川前の鹿踊(宮城県仙台市青葉区芋沢の川前地区)。
仙台城址が位置する青葉区に伝承されていて、「鹿苑」と書かれた前立てと四ツ又の角を頭につけた中立(なかだち・リーダー的存在)一頭、雌鹿(角がない)一頭、「金の山」の立てものをつけた牡鹿七頭で構成された、九頭立ての鹿踊です。(今回はは出演者の都合で七頭のみの出演。)
これは仙台で発祥した構成で、旧仙台藩領に数多く伝わる鹿踊(腰に締めた太鼓を打ち鳴らしながら踊るのが特徴のため「太鼓踊り系鹿踊」とも)の基本構成となっており、他にも八頭立て、十二頭立てといった団体があるのだそう。
川前の鹿踊は鹿踊のルーツと言われている八幡堂(現在の青葉区八幡町の大崎八幡宮、龍宝寺周辺)で伊達家によって抱えられていた仙台鹿踊のうちのひとつで、当時より仙台城下の鹿踊として名を馳せてきた団体とのこと。
九曜紋が装束に配されていることからも、伊達家の寵愛を受けていたことが分かります。
さて拝見した印象はというと、飛んだり跳ねたり、大きく身体を揺すったりといった、ひょうきんな動きがとてもユニークでした。とはいえ、ヘビメタのごとく頭を思い切り振ってるのでかなりシンドイはず。
頭には鹿の角とヒラヒラした鳥の羽、目の周りにはモコモコした熊の毛皮。
モコモコ、ヒラヒラ、クネクネ、ブンブン。
軽やかな笛の音色や口が開閉することによるパクパクという音、背中のささらに取り付けられた鈴の音が少年たち(最年少はなんと6歳!)のあどけない所作に合わさり、可愛らしい印象を受けました。が、踊り手の子達は相当大変なことと思います…。
かつては青年たちによって踊られていたというので、今ともまた違う雰囲気だったことでしょう。
動画ではササが立ててありますが、鹿踊は新仏の供養にも踊られてきた芸能。盆の始まりは七夕ということで、鹿踊も七夕の時期から9月にかけて踊るものだったそうです。大きな前垂れも、仏教で用いられる五行色からきているとのこと。

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民俗芸能のつどい〜仙台ゆかりの鹿踊〜①

2015年10月11日

仙台発祥後、それぞれ独自の文化圏で育まれた鹿踊り(ししおどり)3団体が、400年越しに仙台城址に集結!
本日は仙台城址内の仙台市博物館にて、発祥のルーツを同じ仙台とする川前の鹿踊(宮城県仙台市)、金津流石関獅子躍(岩手県奥州市)、そして裏町一丁目八ツ鹿踊り(愛媛県宇和島市)の3団体が一同に会す企画が仙台市・宇和島市歴史姉妹都市締結40周年を記念して行われました。
仙台発祥の芸能が遠く離れた愛媛の地に?
また芸能に詳しい方は、東北にしか存在しないはずの鹿踊りが愛媛に?と思う方もいるかもしれません。
実は鹿踊りは仙台藩の篤い庇護のもと、大切にされてきた郷土芸能。約400年前、仙台藩主・伊達政宗の長男秀宗が伊予宇和島(愛媛県)に10万石を与えられ、入城した際に、故郷仙台を思ってか鹿踊りを共に伝えたとされています。400年の時を越えて里帰りを果たすという、非常に貴重な瞬間に立ち会うことが出来ました。
太鼓を胸や腰につけ、シシ頭を頭にかぶって踊る姿は共通するものの、それぞれ見た目は大きく異なります。もとの鹿踊りは裏町一丁目八ツ鹿踊りの胸につけた鞨鼓のように、小さい太鼓だったそうです。
それが仙台から離れ、時をかけ、土地それぞれの文化圏で育まれながら伝わっていくうちに現在のような進化を遂げたということなんですね。
郷土芸能がいかに土地に根ざしたものであるか、それを顕著に伝える大きな例といえます。
しかし一聴ではわからなかったものの、イントネーションは違えど各団体が部分的に同じ唄を歌っているということに気がついたときには、胸がぎゅっと熱くなるのを感じました。まるで400年前の唄声を聴いたかのようで。
それぞれの詳しい違いは写真だけでは伝わらないと思うので、動画を交えて後ほどアップいたしますね。
また、13時半から始まったこのイベントの前に、伝書や口伝によって鹿踊のルーツとされる八幡堂(青葉区八幡町の大崎八幡宮、龍宝寺周辺)を訪問。
ここから数々の鹿踊りが生まれていったのだと思うと、フツフツと興奮が湧き上がりました。